10月3日、生きていれば、「心友」の若林茂さんの60回目の誕生日のはずでした。
国際電話で若林さんの明るい声を聞き、還暦のお祝いや冗談を言い合うつもりでした。
「9月16日午後9時、心膜血腫・大動脈解離のため永眠」
信じられない訃報に言葉もありませんでした。
あの日から半月が経ち、若林さんの60回目の誕生日の朝、我が家の仏壇に向かって、彼のために般若心経をお唱えしました。読経をはじめたとたんに涙が溢れ、声が詰まり、嗚咽に変わりました。目の前に若林さんがいるような錯覚を覚えました。般若心経を唱えて涙が溢れたのは初めてでした。その時に、彼の魂が私の心の中にスーッと入ってきたような気がいたしました。
人は2度死ぬといわれます。1度目は肉体が滅びるとき、2度目は人の記憶から忘れ去られるとき。我が「心友」には2度目の死はありません。
若林さんのブログや著書や写真などを見ているうちに、4年前に有楽町の相田みつを美術館で相田一人館長と3人で撮った写真が出てきました(中央が若林さん)。背景には、相田みつをさんの『一生燃焼 一生感動 一生不悟』の書が飾られています。
若林さんは、この言葉通りの生き方を貫いた方だったと改めて思いました。